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企業の計画と事前準備

 日本ではほとんどやっていない事ですが、アメリカ政府保健省は企業に対しても新型インフルエンザ流行時の計画、事前準備を呼びかけています。

既にアメリカの場合はこのような計画を立ててあって、それを点検する段階に入っているのです。その中で主なチェックリストとして上げられるのは
(1)企業の中で新型インフルエンザ対策のための担当チーム編成と、責任体制の確立。
(2)原材料を加工して生産する上で不可欠な業務を予め識別して決めておく。
(3)労働者の訓練と準備。
(4)労働者の欠勤(個人・家族の病気。公共輸送機関のマヒなど)への対策。
(5)企業内での不安が増幅したりしないようにコミュニケーション計画を立てる。
感染症について、その対策について、どのようにその時に情報を提供するかという事を企業の段階でもたてておく必要があるという事を指摘しているわけです。

 
SARSと報道 リスクコミュニケーション
(1)SARSの制圧と報道の役割
 SARSの時の経験でリスクコミュニケーションが非常に重要だということが分かりました。SARSの発生拡大を防止する上で、医療技術と行政組織のはたす役割は大きいけれど、それだけでは征圧することは難しいです。特に、SARSのワクチンと治療法が確立していない段階では、市民が自ら予防のために基本的な衛生知識を実行し、集団発生の際には公衆衛生対策に協力することが必要となります。そのために、感染症情報の受け手であり、送り手である報道機関がはたすべき役割があります。
 さらに、各国のSARS流行の歴史は、感染症に対する誤解・偏見を除去し、流行の際のパニックを防止するためには、感染症情報を正確迅速に公表することが不可欠なことを、教訓として示したわけです。

(2)中国での流行拡大と報道
 SARSの第一例は、2002年11月16日、中国広東省で原因不明の非定型肺炎として出現したことが、後にWHOによって明らかにされています。広東省におけるSARSの流行は、2003年1月に入ってから拡大する傾向を示した。この地域では、「病原菌がばらまかれた」「数百人単位で死者がでている」などの流言飛語が広がり、「空気感染を予防するには酢を沸かして室内を殺菌するのが有効だ」といった根拠のない噂が食用酢の高騰を招き、食料品や薬品の買いだめに走る市民でパニック状態になるというようなことが実際に起きたわけです。
 中国衛生省が北京で最初の記者会見を開いたのは、WHOが香港・広東省への渡航延期勧告を出した翌日の4月3日のことで、中国の報道機関が「非典」非定型肺炎について一斉に報道を始めたのは、この時期以降でした。それまで報道が禁止されていたのです。中国のSARS流行の歴史は、人々が切実に情報を求めているときに、それに応える十分な情報を提供しなければ、流言飛語の拡大をまねき、社会的パニックを引き起こすことを示したのです。
  
(3)香港衛生当局の情報公開
 香港の病院で3月11日に、医療関係者を中心に原因不明の肺炎が多発していると伝えられ、同時に別の病院では広東省広州市からきた医師が肺炎で死亡したと報道されました。その直後、香港の衛生局、病院管理局は連日記者会見を開いて、最新の患者発生状況や病気の特徴、予防法などについて市民に情報を提供し続けました。特に注目されたのは、香港の衛生当局が示した疫学調査の能力で、初期に香港で発生した患者の75%と、海外で発生したほとんどのケースは、広州市からきた一人の医師が引き金になったことを突き止め、直ちに記者会見をして、市民にも理解できる形で発表しました。感染の場となったホテル名や旅客機の便名を他の宿泊客や乗客にも注意を喚起するためすべて公開されました。
 香港のSARS流行は、院内感染を中心とした初期と、高層密集住宅地アモイガーデンでの集団発生に始まる後期に分けられます。感染が一旦市中に拡がると、そのコントロールは難しくなって、香港で流行が終息した5月末までの患者数は、1755人、死亡者数は17%、299人に達しましたが、そうした困難な時期にもかかわらず、香港の社会的機能は正常に保たれたと当時のNHK香港支局長は伝えています。学校は休校となり、市民の多くは外出や消費を控えるようになったとはいえ、オフィス街やショッピング街を見る限り、通常の業務は整然と行われていました。流通面でも、マスクや医薬品を含め物資の流通が滞ることはなかったのです。
 衛生当局が出した感染予防対策に従って、ほとんどすべての市民がマスクを着用し、清掃・消毒作業の呼びかけに何万人もの市民がボランティアで参加しました。病院では院内感染の危険に直面したにもかかわらず、香港では医療関係者の職場放棄といった問題はまったくといっていいほど起こらず、その義務を果たし続けました。
 香港の衛生当局が、感染症の危険についての情報を伝えるだけではなく、どのような対策をとり、危機を管理しようとしているかを常に明確に示して、報道機関が伝えたことが医療関係者や市民の冷静な対応につながったと考えられます。
 
(4)台湾医師のケースへの対応
 2003年5月8日から13日にかけて、SARSに感染した台湾の医師が、検疫をかいくぐって関西地方を旅行していた問題では、国民に対してどのように感染症の危険を伝えるかということも重要な問題となりました。
 厚生労働省は、当初は台湾の医師の行程を、概略のみ発表したんですけれど、5月18日に一転して詳細を公表し、健康調査の対象者を報道を通じて呼びかけました。自治体の調査だけではこの医師と接触した可能性がある人を、把握しきれないため、同じホテルや飲食店などを利用した人から、健康に不安がある場合に申し出てもらうという目的があったのです。
 また、周辺地域にすむ多くの人から自治体に問い合わせが相次ぎ、詳しく、正確な情報を求めていることに応えたという側面もありました。危険について人々の関心が非常に高い場合には、その関心に応えるだけの十分な情報を早く提供する必要があるということを示したケースだったというわけです。  

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