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人の悲しみ、喜びに共感できる脳、できない脳

小学生の4割以上がいじめ行為を見てもしらんぷりをすると考え、約3割の人が親を殴りたいと思った事があるという事が、このほど実施した青少年の暴力感と非行に関する調査の結果で明らかになりました。また一方では将来のために今の楽しみを我慢する事は馬鹿げてると答えている中高生は、男の子で54%。女の子で57%にのぼり、若者が今生きている摂理的な部分だけでしか、考えておらず、将来というものに対して何の希望も持っていないという傾向が明らかになりました。
全国の中高校生に2100人と少年鑑別所に入っている20才未満の1400人を対象に実施されたものです。普通の子供がキレる事件が増えていると言われている事から、非行少年と比較研究してみる事を目的としたものです。  非行少年は一般的には非常に悪いイメージがあります。親についても実際に殴った事があるという非行少年は15%。中高校生は7%でした。しかし、実際には親を殴りたいと思った事があるのは普通の中高生では28%。非行少年で27%とまったく変わりがありませんでした。暴力がはびこるのは大人がだらしないからだと考える普通の中高校生は41%。これに対して非行少年は18%にとどまり、大きな差が出ました。今の社会は強者が弱者を押えつけるしくみになっていていじめはなくならないと答えた中高校生は65%にものぼり、非行少年よりも14%も高い結果でした。つまり、こうして考えてみると普通の子と非行少年というのは、行動面での結果は違うけれども潜在的には非常に大きな大人に対する不満を抱いているという事が言えると思います。また、一方では他人と自分との間の大きな溝というもので他人にいじめられてもそれに対して共感する心というものを失っているという事がわかっております。むしろ一般の子の方がより一層自分が無力だとあきらめているきらいが感じられます。  こうした結果をどういうふうに考えるかというのは大変な事ですが、少なくとも私が思うのがこうした人の悲しみや、苦しみに対する共感は、小さい頃からたくさんのすばらしい本や文化に触れる事によって新皮質を十分に発達させる事が大切であると思います。  例えば、話は飛びますが中国で文化大革命時代にはちょうど、この中高校生が大人の人達に普通の市民に対して虐待をするいじめをする、また自殺を強いる、反省を強いる等という事が非常に多く行われました。毛沢東カルトの少年達はこの間まったく勉強もせず、また本も読まず、ただひたすら教条主義的に従っただけです。このように本来、家庭で受けるべき、また小学生のうちから多方面の文化、多くに触れる機会のない子供には非常に残酷な傾向になりがちです。同じ事がカンボジアの中でも行われておりました。例えば、ポルポト政権下におけるクメール・ルージュの中学・高校生はもっとも残酷で、その子供達の一般市民に対する虐待というものは考えられないほどだったという事が「キリングフィールド」というカンボジア難民キャンプのアメリカに渡った医師の書いた本。残酷さ以外の何ものでもなかったということです。こうした傾向を考えてみても、その中高校生で起こってくるという現象というのは、実は子供の頃からよい本に触れ、例えば宮沢賢治をはじめとするような人の悲しみ、人の心の痛みに共感するようなよいものにできるだけ触れるという事が基本ではないでしょうか。今ではなくなってしまった「日本昔話」のようなよいテレビ番組も復活する事を望みたいものです。

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