haru.

中学生の時に映画を作ったんです。

菅原:えー!それは本当にすごいですね!一方ではマニアックな本を読み、外でも遊ぶ山崎監督が中学時代に映画を作ったという話しを聞いたんですが・・・

山崎:中学時代の映画のはなしですか。そうですね、やっぱりSF映画を作りたいなってのがあって、知り合いの叔父さんが8ミリカメラを持っている事を知ったんですよ。そこで、皆で貸してくれ!と頼みにいって、それで、どうやらフィルムというものは高いらしいというのがわかったんで、みんなでスーパーの棚卸のバイトをしたんです。

菅原:何人ぐらいでですか?

山崎:7、8人ぐらいですかね。やっぱり数多いほうがバイトでの収入もいいですからね。

菅原:そのグループの親分だったんですか?

山崎:そうですね。本締めをやっていましたね(笑)。そのバイトは2500円もらえるんですよ。だけど、2500円全部とっちゃうと反発を食らうんで、1500円だけ徴収しまして、後はお年玉とかを使って映画を作りましたね。

菅原:どんな映画ですか?

山崎:SF映画なんですよ。地球が惑星を探索している間に、核戦争が起こって、地球が滅びたという情報が伝わってくるんですよ。それで、なんとか皆で新しい星を見つけてそこへ移住しようという事で、新しい星を見つけて、降りてみるとわりとそこは地球みたいな所で、ここならやっていける!と思うところまでの3分の作品です(笑)。

菅原:その映画には模型とかも使われたんですか?

山崎:そうですね。中学3年だったので、受験の年だったんですけど、親には学校に行くと嘘をついて、皆で木工質でいろいろ作っていました。うちの親父がお菓子の原料の問屋をやっていまして、パンを包む機械とかが置いてある倉庫が家の近くにあったんですよ。そこを宇宙船のコクピットだと言い張って、そこで皆で集まって、演技をしていましたね。当時はクロバックとかなかったので、夜中に本当の星空をバックに撮影をして、宇宙のシーンを撮ったりしていましたね。

菅原:すごいですね!その処女作はすごく人気のある作品だったんですか?

山崎:僕は長野県の松本市なんですけど、東京あたりでは自主映画を作る中学生がチラホラいたと思うんですけど、松本市で自主映画を作ったってのは大変なことだったんですよ。文化祭で上映したんですけど、大行列ができてしまって、そのときに僕は興行の喜びを覚えましたね。学校中の生徒たちが観に来てくれて、みんなすごく笑うんですよ。今思ってみると多分、知り合いが出ているから笑ってるだけだと思いますけどね(笑)。僕はそれをウケタ!と勘違いして、お客もすごい、話題沸騰だし、他の人達が正座の形がどうのこうのって発表をしているとき、僕たちは映画ですから、もう、レベルが違うんですよね。で、すごい大行列ができて、映画が大成功した時にすごいアドレナリンがドバっと出たんですね。それで、映画だ!映画しかない!となったんですよ。わりと、それが自分の中ではコアな体験でしたね。

菅原:8人のグループっていっていましたが、何しろ中学生ですから喧嘩もしますし、そういった意味でみんな分裂したりすることもあると思うんですけど、そういうのをまとめる能力は結構あったんですか?

山崎:いやいや、だめでしたね。途中でやっぱり喧嘩になりましたよ。僕は厳しいですから、クオリティを上げるためにはどんな事でもいう訳ですよ。「こんなもんじゃ使えない!」とか「貴重な皆で集めたお金なのに、この模型のクオリティじゃダメだ!」とかいろいろ言うわけですよ。そうしたら、受験勉強中に抜け出してきて、俺の映画のためにボランティアでやっているのそんな事言われるもんですから段々怒ってきて、一度すごい喧嘩になりましたよ。木工質だったんですけど、木工用ボンドと言う白いボンドがあるんですけど、あれを背中にかけられまして、そしたら、こっちもぶちきれてボンドのかけ合いになりましたね。まぁ、ストレスが溜まっていた事もあったのでしょうね。それで、髪に付いたボンドを水道でとりながら、最後はゲラゲラ笑って、雨降って地固まるって感じでしたね。

菅原:なんかその話しを聞いていて、長野県の松本の子供たちの素敵さが伝わってきますね。なんか、それが映画になるみたいな、感じですね。

山崎:あ!そうそうそう。いつか当事僕らが映画を作ったときの映画を作りたいと思っています。ものすごい小さな映画ですけど、相当面白い体験だったのでいつか、挑戦しようと思います。


菅原:今回の映画で吉永小百合にとられた以外はみんな賞をとっていたわけですが、私的には少年が一番良かったと思って・・・

山崎:そうなんですよ。アカデミー子供賞というのを作ってもらいたいですよね・・・

菅原:子供はもらえないのですかね?

山崎:やはり、子役はどうしても子役なんですよ。そりゃ、子役にあまり、チヤホヤしちゃうといろいろ問題があるという教育的な配慮もあるとは思うんですけどね・・・

菅原:私はあの映画の主役は、淳之介君と思っていましたよ。脇役を固めて、少年二人の物語で、友情あり、喧嘩ありの、そういう物語だと思っていました。

山崎:僕も精神年齢が幼いので、どうしても子供目線で映画を作ってしまう所があるのですけど、心の中では淳之介君たちがかなりの主役ですけどね。

菅原:あの子供二人が本当に活き活きしていたので、まわりの人達が賞をもらったって気がしますけど(笑)。

山崎:みんなでお金でも集めて子供賞をあげるべきですよね、本当に。

菅原:そういう意味では、監督にそういう少年の心があるから、映画がすごくしまっていますね。もらわれてきた悲しげな少年がどんどん活き活きしていくというところがペーストと涙、そして最後はハッピーエンディングという流れがすごく素敵です。

山崎:この映画はそれぞれが正しい位置に戻っていくという映画なんですよ。茶川さんは最後擬似お父さんですけど、お父さんになれて、アダルトチェルドレンだった淳之介が段々子供らしさを取り戻していくんです。あの子は最初はすぐ諦めちゃう子だったんですよ。それが、最後には帰れ帰れと言われても、駄々をこねることができるようになるというか、子供に戻っていくんですよね。

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